悩みと苦しみの外し方
私のヒーリングと除霊のセッションのなかで、お悩み相談とカウンセリングもさせていただいています。
私にとっての「癒し」とは、いただいた力によるヒーリングや除霊だけを指すのではなく、言葉や寄り添う姿勢も含まれます。
先日、佐賀市から来られた方に、私たちが人間であるがゆえの悩みについて、お話をさせていただきました。
人間の悩みとは、どこから来るものなのか?
また、いつ終わりを迎えるものなのか?
人生はその人のもので、あなたの人生はあなたのものだから、人には、それぞれに負うべき重荷があります。
でも、すべてを受け入れることができれば、不必要な感情の起伏は起こりようがなく、むしろ、つまづきのなかにあっても、人生はこういうものかと面白がるようになるのです。
「悩み」や「迷い」とは、この世の常住でないものを不変のものと思い込んで、それらを追い求めること。
人生における、悩みや迷いの原因は、「無明」であるといいます。
無明とは、私たちの心のなかの欲望や執着心などの煩悩の根源にあるもの。
つまり、私たちは、何の明かりも燈さずに道を歩いている、無知な存在なのです。
人間の永遠に変わらない本質を表しているのが、利己的な欲を求める姿であるならば、この無明を取り払うことで、私たちは心を強くすることができるはずです。
「梅は寒苦を経て清光を発す」(道元禅師))
という言葉があります。
幸せと感じることも、つらくて苦しいと感じることも、両方あるのが「人間の一生」です。
厳しい冬の寒さを乗り越えて、梅がよい香りを放ち、美しい花を咲かせるように、きっと誰もが、苦難の先に人生の花を咲かせることができるはず。
そのような人生だからこそ、華やかでなくとも、誰もが自分らしい美しさと、慎ましい輝きをまとうことができるのです。
この世の物事や出来事は、初めからあったのではなく、誰かが何かをした結果として在るもの。
出口のない問題は、この世界には存在しないのです。
解決のないものは、問題とは言わないからです。
いつだろう。
どこでだろう。
どのようにしてだろう。
どのような問題でも、この三つを解き明かすことができれば解決できる。
私たちが目にしている現実とは、具体的な「時」と「場所」と「形」で成り立っているからです。
悩みや迷いが、逆に行動力を与えてくれることもあります。
悩むことで働いて、心を配って、誰かを愛そうとする。
迷うことで探し求めて、心を開いて、自分を愛そうとする。
その時に大切なことは、自分を見失わないこと。
心が開いていて、強く在ること。
そして、自分が立つ場所を無くさないこと。
人は、誰もが皆、自分の道が正しいと信じられれば、自信をもって生きられるのです。
自分の道とは、自分の生き方であって、今まで自分が生きてきた証となるもの。
自分のしていることが正しいと信じれば、誰もが健全に生きていけるのです。
それが、人生を愛し、あなた自身を愛すること。
「何度も自問した。
私の人生でもっとも困難な年月に対して、私はいっそう深く感謝すべきではないだろうか。
必然的に起きた困難。
それは、苦しいものではあるが、そういった困難こそ私にとって有益なものだったからだ」
(ニーチェ)
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