とらわれない豊かさ
一つの物に、いくつもの価値を見つける視点
先日は、福岡県北九州市で開催された癒やしイベント「ミラクルフェスタ」に出展させていただきました。
開場前から閉場まで、とてもたくさんの方とお話しができたことに感謝です。
そして、素敵な癒やし人のみなさんとご一緒に出展できたて、とても嬉しかったです。
ありがとうございました。
またお会いする日を、私も楽しみにしています。
そのイベントでいろんな方とお会いするなかで、断捨離をよくされているという方とお話しをさせていただきました。
物を一つ持つと、私たちの心にも一つの執着が生まれると言われますが、
断捨離をして物を手放すという行為は、執着も一緒に手放していることになるのでしょう。
でも、何も持たないことが良いわけでもないはずです。
私たちの豊かさは、所有している持ち物から感じられることもあるからです。
大切なことは、生きて行く上で本当に必要なもの、自分を豊かにしてくれるものを見極めて手に入れるということ。
「在ること」「持っていること」にとらわれない豊かさを手に入れること。
そうすれば、今ここから新しく感じられる豊かさがあるはずですから。
(とらわれない豊かさを見極めることについて、以前にもこちらの「柔軟に考えること」のなかでお話しをさせていただきましたね)
「家貧しくして道富む」(嘉泰普灯録)
という言葉があります。
物を持たないほど、幸せな世界が広がるという意味の言葉です。
私たちは、これがあれば幸せになれるという想いから、今までいろんなものを創り出して手に入れてきました。
確かに、それが私たちの幸せになるステップの一つの流れです。
でも、手に入れた物や、その状況が当たり前だと思った時に、幸せも感じにくくなっていくものなのかもしれません。
ですから、今、あなたが「あって当たり前」だと思っているものを、一つひとつ、新鮮な視点で見直してみてください。
幸せは形として見ることもできますし、見えなくても心で感じることもできるものですから。
そうとらえることができれば、持っていることも、持っていないことも、自分の豊かさにはそれほど大きな影響を与えていないことにも気がつくはずです。
持っていなくても、他のなにかで代用することもできるようになるはずです。
たとえば、スマートフォンやゲーム機で遊んでいるお子さんが、自然のなかで遊ぶ時は、土に絵を書いて棒一本で遊ぶことができたり、戦いごっこをして遊ぶことができたりするようにです。
私たちは本来、そうやって工夫することをして自分で何かを発見してきたはずです。
物の豊かさが私たちの心の柔軟さを鈍くさせているのなら、今の私たちが手に入れるべきものは、それをどうやって自分なりに使いこなすかという、子どものような自由な発想力なのでしょう。
それは、一つの物にいくつもの価値を見つけることでもあるんです。
その視点は、きっと私たちをもっと豊かにしてくれるはずですから。
「視点を変えれば、物事はその意味を変えてしまう。
挫折などというものも、その人の主観にすぎないのだ」
(植西聴)
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