自分に敏感でいること
あなたの感性を鈍らせないこと
先日、ヒーリング・除霊・占いのセッションを受けに八女市かた来られた方と、「未来をイメージをすること」についてお話をさせていただきました。
私たちが感じている心配、不安、自己嫌悪や、すべての悩みというものは、まだ何も意味を持っていない出来事を自分の頭でそう受け取ることによって生まれるもの。
どのような出来事にも、ポジティブにとらえられる所と、ネガティブに思える所がありますから、
つらいことや苦しいことに意識を向けなければ、悩むという思考は生まれてこないのではと思うんです。
禅宗の開祖である達磨大師が、お弟子さんから「どうか私の悩みを取り除いてください」とお願いをされて、
「では、取り除いてあげるから、あなたの悩みを私の前にさし出しなさい」という言葉でお弟子さんに気づきを与えたように、
悩みには最初はまだ実体というものはなくて、自分の頭で創り出したものなのでしょう。
私たちは想像力が豊かですから、どれだけポジティブな方にも、どれだけネガティブな方にもイメージをふくらませることができます。
ですから、現実はまだ何も起こっていないのに、自分の頭の中で最高の状態をイメージして心を躍らせることもできますし、
最悪の状態をイメージして用心をすることもできるんです。
つまり、イメージをすることで自分のこれからのアクションを調整することができるんです。
たしかに、避けたいような出来事に出会うのはつらいこと。
でも、どんな出来事が起こっても、それを悩みにするかしないかは自分次第なんです。
(自分の身方しだいで悩みが悩みではなくなることについて、以前にもこちらの「悩みを原動力にする」のなかでお話しをさせていただきましたね)
「悲思量」(禅語)という言葉があります。
「考えないこと、無になること」という意味の言葉です。
楽しい時は、ただ楽しめばいい。
嬉しい時は、ただ嬉しがればいい。
悲しい時は、ただ悲しめばいい。
つらい時は、ただつらいと感じればいい。
そして、在るものは在るままに、無いものは無いままに感じてみること。
感情で目の前の出来事を感じた後は、あなたのイメージでその後の成り行きを決めていいんです。
大切なことは、あなた自身の感性を曇らせないこと。
自分自身に敏感であること。
可能性も、情熱も、これから先に進んでいく原動力も、あなたがあなたの中に見つけるものだからです。
「鈍刀というのは切れ味のよくない刀である。
研いでも光らない。
みんなは研いでも無駄だというが、そんな言葉に耳をかさなくていい。
せっせと磨いても刀は光らないが、磨く本人が光ってくる。
才能がないからなどと言わずに細々とでも続ける。
大事にしたい思いである」
(板村真民「鈍刀を磨く」)
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