自分の基準を持つこと
あなたを動かすのは、あなたの心
私たちひとり一人の中には、いろんな自分がいます。
たとえば、こうなりたいという「理想の自分」や、今のこの「現実の自分」もありますから、自分で自分がわからないこともあるのかもしれません。
そのなかで、成りたい自分をイメージできた時に、どうすればそうなれるのかを考え出します。
そして、今の自分からその理想の自分までのルートを見つけて、その道を歩くために実際に行動を起こしていきます。
でも、理想の自分と今の自分が、今どれだけ離れているかという「比較」にとらわれてしまうと、そこにネガティブな感情も生まれてしまいます。
確かに、今の自分の姿をしっかり受け入れるために比較は必要です。
でも、「なんで自分はこうなんだ」という見方をすることは、今の自分を受け入れていないことです。
もっと〇〇があれば、もっと〇〇できるのにとか、
自分に対する不満も、今はまだあるのかもしれません。
でも、一度、そのような自分をすべて受け入れてみる。
一度、自分のすべてを許してみる。
こうしなければ、も
こうでければ、も
ないのです。
そうすれば、だんだん自分というものがわかってきます。
認めたくなかった自分を愛で包んでいくことで、今まで見落としていたことに気づかされます。
今の自分をこれから輝かせていくために、ふさわしいものや時期や場所も見えてきます。
そして、この世界での、今の自分の位置づけもできますから、本当は自分は一人ではなかったことにも気づくはずです。
「他人との約束のように、自分との約束を守れるようになったら、
夢なんて簡単に叶うのかもね」
(喜多川泰)
という言葉があります。
私たちは、現実の今の自分を「自分」だととらえます。
理想の自分は、今はまだ現実味がないからです。
逆に、理想の自分ばかりを見てしまえば、今の自分に現実感がなくなる、自分がない状態になってしまうのかもしれません。
でも本当は、理想の自分も、現実の自分も、あなた自身なのです。
ですから、そのどちらも「自分」だととらえることができれば、いつまでも続くような「もっと、もっと」も穏やかになるはずですし、
いつか、どこかで、満たされている自分に気づくはず。
生きる基準を見つけるはずです。
その基準は、とてもシンプルなことです。
私は自分自身にも、誰かに対しても、善い影響を与えることのできる価値の在る存在だと、自分で自分を信じてあげること。
みんなに好かれることも嬉しいものですが、自分で自分を好きなれることはもっと嬉しいことですから。
「悩めば悩むほど行き詰まってしまう、絶望の季節もある。
そういう時、どうするか?
焦らない。
自分と向き合うチャンスだと思ってじっくり腰を据えて、
自分は本当に何がしたいのか、見極めることだね」
(岡本太郎)
という言葉があります。
理想の自分までの道のりを焦ることもありません。
焦れば早くたどり着けるものでもありませんし、それはもう、あなたも頭で分かっているはずです。
焦ることは、不安と緊張を同時に感じるもの。
その歩き方で必ず目的地にたどり着けるのなら、焦る必要はありません。
逆に、その道中でどんな楽しい寄り道があるか、それを楽しむことも大切です。
人生で出会うかけがえのないものは、そのような「楽しい寄り道」から見つかることもありますから。
あなたの内側から自分自身を追い詰めることをあきらめれば、リラックスをする心の余裕も生まれてきます。
今しなければ、思わしくない状況がすぐにやってくるのでもありませんし、
あなたの内側の問題を、あなたの外側の物で解決することもありません。
ただ、あなたが今の自分からこれからどう変わっていくかを楽しむという姿勢が、
これからいろんなものを求めさせてくれて、自分を満たすことになるはずです。
いろんな物を手に入れても、あなたの心とは関係のないものなのかもしれません。
安心感や充足感は、外の世界のことではなくて、心の世界の出来事ですから。
いつも、心を健康的に。
持っていることも、持っていないことも、幸せになる条件にはそれほど重要ではないのです。
すべてはあなたの内面から。
あなたを動かすのは、あなたの心のほうですから。
「幸せはいつもそこにあるのに気づかない
欲しいものばかりだね」
「走って 止めないで
もういらないわ、キラキラ
心ですべてわかる」
(羊文学「夜を超えて」)
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