「心配」を消去する方法
「心配」を乗り越えるには、未来とあなた自身を信じること
先日、福岡市からヒーリング・除霊を受けに来てくださった方からのお悩みについて、ゆっくりとお話をさせていただきました。
どのような方にも、大小の違いはありますが、悩みというものがあります。
でも、悩むことを求められる時は、強制的に変化を求められている時でもあるのです。
今までをふり返れば、悩みのなかから生まれた決心や志は、いつでも、その後のあなたの人生に新しい道を創ってくれたはずです。
あなたは、今回も目の前の悩みを乗り越えていく。
自分をごまかすこともなく、誰かのまねをするのでもなく、あなたのままで乗り越えていけるのです。

悩みの根源には、いつも「心配」の存在があります。
精神医学の研究では、人間の抱えている心配の80%以上は、現実化することがないと言われているように、私たちの心配は、ほとんどが現実化することなく消えていくもの。
つまり、私たちが「先取りしてしまった心配」なのです。
先取りした心配とは、頭の中での否定的な想像であって、事実とは関係のない心配のこと。
あくまで、私たちの頭の中の想像なのです。
私たちは将来のことや、これからやろうとしていることを考える時、否定的になってしまうことがあります。
将来について、すごく積極的に考えられる人のほうが少ないのかもしれませんが、そのことでたくさんのことを試みないまま、人生を終えるのは悲しいことです。
そのように、先取りした心配は、私たちの人生を乱す力があるのです。
そして、それは心にも影響を与え、行動を奪うもの。
でも、まだ現実に起こっていない事実であれば、心配する必要もありません。
大切なことは、心配するより、確かめること。
あなたは、試みることができますし、やってみるという行動を起こすこともできるのです。
何かを成しとげる時は、きっとあなたのなかで心配を克服できた時なのでしょう。

「順境は楽しめ、逆境にはこう考えよ。
人が未来について無知であるようにと、
神はこの両者(順境と逆境)を併せ造られた」
(新約聖書 コヘレトの言葉7章14節)
と言う言葉があります。
人間は、なぜ心配するのか。
それは、人間に「未来」があるから心配するのです。
心配の理由は、いつも未来にあるものだから、未来に起きてほしくないことがある時、私たちは心配するのです。
逆に、未来に起きてほしいことがある時、私たちの心に希望が生まれるのです。
私たちは、未来や過去ではなく、「今」を生きています。
だから、心配をなくすためには、過去や未来ではなく、今この瞬間を生きているということに目を向けること。
今日、あなたがやるべきことはたくさんあります。
それに集中してください。
もし、あなたが問われるものがあるとすれば、「今、何をするか」ということ。
ただ今の瞬間を自分の手でいつくしむ。
そうすることによって、人生のこの「今」は「未来」へとつながっていくはずです。

「世にわれわれの力の及ぶものと、及ばないものとがある」(エピクトテレス)
という言葉があります。
この世はどんなものも、足りているところと、足りていないところとが互いに支え合って、成り立っている世界です。
だから、この世界の物事を何でも見極めて、都合よく利益になるものだけを取り入れていくようなことはできないのです。
これまでの人生の中で、誰の人生においても、どう考えて行動してもどうしようもなかった、ということがあったのではないかと思います。
どのような仕事に就いたり、どういう病気をしたかということもそうですが、
その時の私では、あきらめなくてはならないことが少なからずあったと思うのです。
でも、あせらずに、ただただ生きればいいのです。
どうにもならないことは、どうにもならないままでいいのです。
何事にも動じない自然のように、おおらかであるためには、自分でもがかないこと。
自然はただ生きているように、同じ自然の一部である私たち人間も、ただただ生きるべきなのです。

今までの私の経験を思い出すと、数えきれないほどの心配があって、絶望もありました。
周りから理解されにくい立場にいると、誤解や偏見を受けることもありました。
そのために、心配しなくてもよかったはずのことが心についてまわることもありました。
でも、握っていたものを手放すと、願っていた以上のものが、思ってもいなかったところから与えられることがありました。
自分の力でつかみ取りたいという欲求から解放されて、未来を信じるという発想を持つことで、「安心」を見つけることができました。
信じるという言葉は、保証のない時に使われるものかもしれません。
完全な保証があれば、信じるという行為は必要ないからです。
だから、未来について、私たちにできることは、信じることなのです。
未来は完全な保証はない世界ですから。
だから、私は信じているのです。
未来と、わたし自身を。
「あすのことを思いわずらうな。
あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう。
一日の苦労は、その日一日だけで十分である」
(新約聖書 マタイによる福音書 6章34節)
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