「癒し」をされている友へ
先日、セラピストの方が、私のヒーリング講座を受講されて、エネルギーの使い方のお勉強をされました。
技術も接し方も、とても素晴らしい方で、自宅サロンを持ちながら、イベントの出店もされてもまだ、学びを続けるお姿と、自分のしたいことで人生を歩まれている、「自覚のある生」を体現されているお姿に、私も感銘を受けて、とてもいい影響を受けました。
ヒーラーやセラピストなどの、「癒しのお仕事」をされている方々にとって、目指すところは、目の前の方の健康や心の平穏に寄与すること。
そして、いつか、私が癒していたつもりでも、私も癒されていたことに気づきます。
癒しとは、ただの一方的な行為ではなく、「循環」であって、輝いている命に触れれば、自分の命も共鳴して輝くからです。
「ストイック」という言葉を生み出した、ストア派哲学は、運命をいかに克服していくかを説いた哲学です。
「ものの見方」「行動」「意志」
運命のなかで重なり合う、この三つの原則がストア哲学の核心です。
「今、正しい判断をすること。今、社会に役立つ行為をすること。今、外的な原因から生じる事柄に感謝すること。必要なのは、それだけだ」(マルクス・アウレリウス)という言葉があります。
ものの見方、考え方をつくっているのは、私の日々の判断。
小さな判断の傾向が、いつのまにか自分の習慣になっているのです。
それは「偏見」とも言い表されます。
偏見の目でものごとを見れば、すべてが偏見のまま、目に映り、真実が見えてきません。
自分の考え方やものの見方を変えた時に、今後の生き方や価値観や判断基準が変わる可能性が生まれて、今見ている世界を変えてくれるのです。
そして、世界観も変えてくれる。
いつも心に意識しておきたいのは、欲しがっているものを、誰かが自分の目の前に持ってきてくれる奇跡を、期待して待つのではなく、自らの行動によって手に入れるという、積極的な姿勢。
そのような考えを持った時、見えない力が働きだします。
起きるはずがないようなことや、誰にも予想できなかったことや出逢いが、あなたを助けるために、いろいろと起こってきます。
奇跡は起こるべくして起こるのです。
新約聖書にある「求めよ」という言葉は、ただ欲しがるという意味ではなく、手にするまで決してあきらめないパッション(情熱)を表しています。
限界は誰かがつくっているのではなく、自分がつくっているもの。
だから、意志を強くして、継続すること。
昨日と同じ自分でいないこと。
同一の自分は、同一の状態を繰り返すだけ。
自分の仕事こそ最高と信じて、堂々とした人間でいること。
私の歩みに、人生も最高の未来を提供するしかないと思わせるぐらい、熱く熱く、生きていこうと思います。
「どんな時も、人生には意味がある。
あなたを待っている”誰か”がいて、
あなたを待っている”何か”がある。
そしてその”何か”や”誰か”のために
あなたにもできることがある。」
(諸富祥彦)
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