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はかないからこそ尊く美しい、私たちの人生

何かに熱中して取り組むことは、とても大切なことです。

勉強やお仕事に一生懸命に取り組む時もありますが、でも私たちの集中力はずっと継続できるものではないのです。

私たちの心や思考は、どんなに集中しようと思っても、他のことを考えてしまうものだからです。

でも、もともと心や思考はそうしていろんな視点からものごとをとらえようとしたり、視野を広くして可能性を広げようとして、常に向き合う対象を変えていくものなのです。

だから、同じ所にとどまっていることはないのです。

どんなに辛いことがあって心が傷ついても、その心の状態はいつまでもそのままではなくて、必ず違う所へと向かっていくように、

痛みについても、喜びについても、いつまでも同じように向き合って集中することはできないのです。

でも、もしその想いがいつまでも心のなかにあるのなら、それは執着をしているからなのでしょう。

執着は、想いだけではなくて、お金や立場にも同じように表れるもの。

一つのことにこだわることは、心の向きを自ら固定することなのです。

夕暮れと人

「時には、問いが複雑になっているだけで、
 答えはごくシンプルなことだったりします」
(ドクター・スース)

という言葉があります。

生きていると、いろんな人やいろんな出来事に出会います。

明るい人も暗い人も、嬉しい事も悲しい事も。

そのような、出会うすべての人や出来事にちゃんと心を向けること。

でも、誰かの言葉や出来事に執着して、心の動きを止めてしまわないこと。

嬉しい事にも悲しい事にも、そこにとどまってしまうと、それから前には進めなくなるからです。

良い事が起こったとしても、それにとらわれてしまうのなら、それはもう善い事ではなくなってしまうからです。

だから、良い事が起こった時というのは、それからどうするのか、自分の人間性が試される瞬間でもあるのでしょう。

たとえば、お仕事がうまく行った時や出世をした時に、態度が横柄になったり、謙虚さや努力することを忘れて利己的になるのでしたら、幸せの意味を今とは違うように解釈してしてしまうかもしれません。

大切なことは、自分に起こるすべてのことを通過点ととらえて、いつまでも握りしめないこと。

すべては私の身体を通して感じられる経験として、目に見える形としてより私の心の中に残っていくもの。

夜の街を眺める人

「紅炉一点雪」という言葉が禅の教えにあります。

暖炉の上に落ちる小さな雪はすぐに溶けてなくなってしまうことから、私たちの命や人生も、この世界に存在するすべてのものは同じようにはかないものだとたとえている言葉です。

私たちの一生は、宇宙の時間の流れの中では、一瞬の出来事なのでしょう。

その一生をどう生きるかは、自分の自由なのです。

何百年も経てば、私の人生のことを知っている人もいるかどうか分かりません。

だから、好きなように生きていいのです。

一つのことだけを見続けるより、いろんなものを見るほうが楽しいはず。

心を寄せていくことと、執着をすることは同じではないのです。

とらわれなければ、惑うこともありません。

私たちは、はかないからこそ尊い存在であって、美しく生きることもできるはずですから。

「痛みは一時的なもの。
 1分や1時間、1日で治まるかもしれないし、
 ひょっとすると1年続くかもしれない。
 しかしそれは絶対にいつか消えてなくなり、ほかの何かと入れ替わるだろう」
 (ランス・アームストロング)

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