人が人を癒すということ
先日、「ヒーリングお茶会」をサロンにて、開催させていただきました。
いろんなヒーリング、癒しのお仕事をされている方と交流ができて、私もとても楽しかったです。
本当に多くの方とご縁をいただいて、とても幸せです。
これからも、このご縁が続くこと、そして新たなご縁に出逢うことが楽しみです。
また、遊びに来てくださいね。
これからも、どうぞよろしくお願いします。
「一期一会」という言葉は、一生に一度の出逢いを大切にすることをいいます。
今を全力で生きる時に、新しいご縁が生まれて、出逢いから人生は変化していくのです。
逆に「孤独」とは、独りでいることではなく、自分が誰からも理解されないことをいいます。
だから、相手を理解し、自分も理解してもらう、人間を理解するための努力をすること。
分かち合う時、同じ気持ちでいる時に、人間は幸せを感じるからです。
その人が、いま
何をしてほしいのか。
何に困っているのか。
本当にその人のことを大切に思っているのなら、その人のことがわかるようになります。
私は、なぜ
この人を愛したいと思ったのか。
この人とずっと一緒にいようと思ったのか。
初期衝動がいつも心にあれば、大切な人のために夢中で努力する時に、いつでも幸福感を感じるのです。
「たくさんの共通の思い出、ともに過ごした、ながくて苦しい時間、さんざん起きた喧嘩、和解、その感動にまさる宝物はない」(サン=テグジュペリ)
という言葉があります。
私たちは、初めから、正しい答えが分かっていたのではありません。
愛した人からも、憎んだ相手からも愛を教えられて、拒否した世界のなかにあっても、ほんとうの答えを見つけるのです。
その時、少しの時間が必要であったり、
その時、少しの距離が必要であったり、
きっと、神は、人間が考える以上に、人間を複雑なからくりによってお使いになるのだろう。
だから、神のなさることはいつも、時にかなって美しいのだろう。
神にも人にも、すべてのものに感謝できることが、人間の第一条件であって、感情的になる必要はないのです。
見返りを求めない無条件の愛情は、理想論かもしれませんが、愛は言葉だけで伝えるものではなく、身体だけでつながることでもありません。
だから、言葉にできない。
ただ、「ありがとう」という言葉で伝えられる気がするから、口にしたくなります。
きっと、このままで生きていていいんだと思います。
物事やどんな人とも、すべてが調和の連鎖で関係して、共感しあっていること。
それが、ヒーリングをすることで学んだ、私の、いちばんの「気づき」です。
「二度とない人生だから
まず一番身近な者たちに
できるだけのことをしよう
貧しいけれど
こころ豊かに接してゆこう
二度とない人生だから
つゆくさのつゆにも
めぐりあいのふしぎを思い
足をとどめてみつめてゆこう
二度とない人生だから
のぼる日しづむ日
まるい月かけてゆく月
四季それぞれの星々の光にふれて
わがこころをあらいきよめてゆこう」
(坂村真民)
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