ブログ

ブログ

朝日を見つめる人

心が移ろうからこそ、私たちは何度でも自分を新しくしていくことができる

先日、福岡県福岡市からスピリチュアルヒーリング・除霊・占いのセッションを受けに来てくださった方と、ゆっくりお話しをさせていただきました。

神社やお寺でお参りをする時、私たちは本殿の前でお賽銭を入れます。

このことを「喜捨」といいます。

その字のとおり、「喜んで手放すこと」を表しているのですが、それは、誰かのために少しだけ自分を犠牲にする優しさのこともそうだったり、

自分の心のなかに抱えている執着やこだわりを、勇気を出して手放していくことでもあるんです。

私たちは生きているなかで出会う物事や立場、人間関係にいろんな想いを抱いています。

それは、「こう在りたい」という情熱もそうですし、「失いたくない」という執着もそう。

あなたの内で生まれたものはすべて、今のあなたを表すものだから、どんなものであっても無くそうとしなくてもいいんです。

自分の心のなかで生まれたものは、本当は自分で少しずつ向き合って調えていけるものなのですから。

(自分の心を調えることについて、以前にもこちらの「私らしい生き方をしよう」のなかでお話しをさせていただきましたね)

海水浴を楽しむ人

今、あなたの心を縛っているものを、あなた自身の手で解放していくんです。

私たちの人生は、いろんな人との出会いや、いろんな出来事によって創られていきます。

だから時には、誰かのことや、ある出来事のことばかりを考えてしまうこともあるんです。

それは、自分のこれから進みたい道が見えた時にそうなるのかもしれませんし、

誰かのことを、自分以上に大切に想えた時のそうなるのかもしれません。

でも、「こだわること」と「執着すること」は、同じではないんです。

そして、「愛すること」と「執着すること」も、同じではないんです。

「うまくいかなかったらどうしよう」
「いつか失ってしまうかもしれない」

そのような不安や恐れから先の未来を考えるのではなくて、もっと自由に、もっと柔らかい心でいろんな角度から物事を見てみてください。

幸福や喜びの方向から、人生の充実を見つけてみてください。

暗い方だけを見続けることができるのなら、これから明るい方を見ることもきっとできるはずです。

人生の明るさも暗さも、どちらも知ることで、私たちはこの世界をもっと理解していけるのですから。

そのために、私たちには「心の移ろい」が与えられているのでしょう。

そして、心が移ろうからこそ、私たちは何度でも自分を新しくしていくことができるんです。

どんな時でも、また前を向いて歩いていけるのですから。

「せめて自分ぐらい自分を褒めて
 認めてあげないと自分が救われない。
 自分の味方になれるのは自分だけ」
(美輪明宏)

関連記事一覧

  1. この記事へのコメントはありません。

CAPTCHA