頑張りや執着を捨てる
手放して捨てていくことで、より軽やかに進んでいく
人生を軽やかに楽しく生きる
岡野式神気ヒーリングサロン(福岡・久留米)オーナーの岡野りさです。
昨日から久留米では今季初めての雪が降って、今朝起きて外をみると、積雪して見慣れた景色がキレイな景色に変化していました♡
通学時間には、家の前で子どもたちの嬉しそうな賑やかな声が沢山聞こえてきて、私も楽しい気持ちで目覚められました。
お庭の植物たちも雪化粧していて、これまたキレイです♡
近年は、地球環境の問題などがよく言われていますが、それでも春夏秋冬という折々の季節が今もちゃんと存在していて、宇宙の秩序のもと、地球は絶妙なバランスを保ってくれています。
宇宙の神秘ですね!
さて今日は「頑張りや執着を捨てる」ということについてです。
「頑張りなさい。努力しなさい」
周りの大人達から、そう言われ続けて私たちは大人になってきました。
この、頑張ること、努力することが、まるで正義であるかのような感覚にならされていませんか?
必要以上にそれを美化してとらえていませんか?
そして、「頑張ってないと価値がない」「努力してないと価値がない」そんなふうに、自分自身や周りの他人に対してもジャッジしていませんか?
きっとこんな固定観念を持っている人たちが多いと思います。
学生時代の、何かに対して頑張ること、努力して達成する経験を積んでみることは、人間としてのいろんな感情を味わうために、場合によっては必要なことだろうと思います。
ですが、大人になって、ある程度年齢が過ぎてからの頑張り続けることや努力し続けること、それは執着でもあり、手放して生きていくことが必要になってくるのではないかなと思います。
(執着を手放すことについて、以前にもこちらの「執着はいらない」のなかでお話しをさせていただきましたね)

私は今、42歳になりましたが、もう人生の半分を過ぎていて、その地点でまだ学生時代と同じ感覚で、目の前のことに必死に頑張るとか努力をし続けるとかをやっている自分の姿を考えると、なにか違和感を感じてしまいます。
これが、人によっては「いつまでも努力している姿、かっこいい!素敵!」って、思うのかもしれません。
ですが人生を1つの大きな山だと捉えると、前半の登りは終えて降りにさしかかった頃なので、そろそろそういった頑張りや執着は手放して気楽に心のゆとりを持っていってもいい頃なのではないかなと、個人的には思います^^
きっとそうした方が、流れ的にも自然ですし、その流れ自体に身を委ねていったほうが、より人生は軽やかに進んでいくのだと感じます。
若い頃には、周囲に感じさせることの難しい「大人の余裕」っていう言葉がありますが、それを感じさせる人って結局は、「必死に頑張る」とか「努力する」という要素を持っていない人だったりします。
自分の明確な人生の目標に向かって、視野を広くもって、目の前のやるべきコトをただ淡々とルーティンのようにしてやり続ける。
そして、時間にゆとりを持って過ごしているから、心のゆとり(豊かさ)をさらに感じられるようになる。
あなたは執着を握りしめて最期まで頑張って過ごす人生と、これまでのものは手放していって、ある程度の心のゆとりを持って、
この世界でしか味わうことができない今この瞬間目の前に在る尊いものに目を向けながら微笑んで過ごす人生とでは、どちらを選択したいでしょうか^^
急いですごしていると、気づいたらあっという間に人生の時間も残りわずかになっていると思います。
人生折り返し地点の40代以降の人は、ぜひ自分の後半の人生をどうしていきたいか、一度ゆっくりイメージをしてみるのもいいのではないでしょうか^^
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