共に生きるということ
私たちは支えて支えられながら生きている
新年明けましておめでとうございます。
昨年はたくさんのご縁をいただいて、とても幸せな一年でした。
今年もどうぞよろしくお願いします。
2025年も心豊かな一年になりますように。
あなたにお会いするのを楽しみにしています。
今年もどうぞよろしくお願いします。
先日、福岡県筑紫野市からヒーリング・除霊・占いのセッションを受けに来てくださった方と、ゆっくりお話しをさせていただきました。
私たちの心が満たされる時は、安心感や生きる勇気を感じられる時なんです。
それは、今の自分がいる環境や社会的な立場から感じられることがありますけど、でも、いちばんその感覚を与えてくれるのは家族の存在だと思うんです。
どんなに苦しいお仕事をしていても、家族を思い出すと力が湧いてきたり、家に帰れば家族が待っていてくれると思うだけで、どんなことにも立ち向かう気持ちができるようになるから。
遠くに離れていたとしても、家族の存在を感じるだけで心が暖かくなったりもします。
家族はそういうものだと思うんです。
(家族や大切な人の存在について、以前にもこちらの「愛の生まれるところ」のなかでお話しをさせていただきましたね)
私たちは、いつも誰かとともに生きています。
一人でいる時も、心は誰かとつながっているものですから。
その時の心の状態を「共生」と言います。
実際に一緒に暮らすや、同じことをしていなくても、お互いの存在が心の支えになっているという意味の言葉です。
この世界では、自然や動物が命を支え合いながら生きているように、私たち人間の社会もお互いの支え合いによって成り立っているんです。
そして、私たちの心を支えてくれているのは、目に見える存在だけではなくて、神様やご先祖などの見えない存在もそう。
四国巡礼のお遍路さんが身につけている笠には、「同行二人」という言葉が記されています。
その一人は自分。そして、もう一人は自分の内にいる仏様を意味しているそうです。
私たちは、自分の人生を自分自身と向き合いながら生きていくんです。
亡くなった大切な人たちと一緒に歩いていくんです。
一人で切り開きながら歩いているような気がしても、あなたは一人ではないんです。
誰かに支えられながら、自分の人生を歩いているんです。
だから、孤独を嘆くことはしなくていい。
寂しさを一人で抱え込むこともしなくていい。
あなたが支えているあの人にするように、あなたを支えてくれている存在に想いを寄せてみよう。
私たちはそうやって支え合いながら生きているから。
ともに生きているという気持ちを持つことができた時、私たちは勇気をもって前に進んでいけるんです。
「親しい人たちと、
縁者(えんじゃ)たちと、
愛する人たちと
心を許しあって暮らす。
これが天国だよ」
(フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー)
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