自己嫌悪と成長
私に備わっているものは、私だけのオリジナルな成長のためのもの
先日、八女市から占い・ヒーリング・除霊のセッションを受けに来られた方と、「自己嫌悪になる時」というお話をさせていただきました。
自己嫌悪とは、昔のことを後悔する時や、何かに失敗した時に、自分を低く評価してしまうこと。
それはとてもネガティブな考え方のように思えますが、でも、違う視点から見れば、それだけ自分に求める理想が高いということ。
誰でも、「理想の自分」と「現実の自分」のギャップに悩むことがあるように、理想のイメージを見つめて今の自分を評価することは、とてもポジティブなことです。
そのイメージは、私たちの成長に向けてのモチベーションとなるのですから。
そう考えると、自己嫌悪を避けたりすることは、変化を求めようとしない姿勢を表しているのかもしれません。
私たちは、「現実の自分」と「理想の自分」の両方を見ながら、自分がどういう存在なのかを認識します。
大切なことは、現実ばかりを見すぎずに、理想ばかりも見すぎないこと。
今の自分をちゃんと見つめることのできる強さと、頭に思い描いている自分に近づこうとする情熱。
この二つが心にあれば、大丈夫。
あなたは今よりもっと伸びていけるんです。
(頭で思い描いている自分になることについて、以前にもこちらの「私の思う通りに生きる」の中でお話しをさせていただきましたね)
「『失敗』と書いて『成長(せいちょう)』と読む」
(野村克也)
という言葉があります。
この世界は、いろんな人たちの想いで成り立っていますから、自分だけの思い通りにはいかないこともあります。
時にはいろんな人の意見にのまれて、理想を見ることを忘れたり、夢を見ることもできなくなることもあります。
でも、そのようなことが起こるからこそ、自分自身を見つめることができたり、今の心の軸を確かめる機会にも出会えるんです。
起こった出来事の意味を考えることによって。
それは、「何が起こったか」に集中することではなくて、
「起こったことをどう解釈するか」に意識を向けること。
その出来事が、
なぜ、私に起こったのか。
なぜ、今、ここで起こったのか。
そして、私に何を学ばせようとしているのか。
その先に、どんな成長をさせようとしているのか。
そうやって、その出来事の起こった意味を考えるてみてください。
そこに、プライドやエゴはいりません。
心の中にあるプライドやエゴは、自分の姿をありのままに見ることをさせないからです。
私たちは、未熟さや欠点があるからこそ、間違いや失敗をすることがあります。
でも、その間違いや失敗から学んで、成長することもできるんです。
私たち一人ひとりに異なる形で備わっているものは、誰かと比べるものではないんです。
否定するものでも、嫌うものでもありません。
それは、一人ひとりが異なる姿に成長するために与えられているもの。
一人ひとりがオリジナルであるためのものですから。
「何もしないよりも、挑戦して失敗するほうが良い。
結果は同じかもしれないが、あなた自身は違ってくる。
我々は勝利よりも敗北によって成長するのだ」
(キルコゲール)
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