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後ろを振り返る人

あなたの心は今、どこを向いていますか?

先日、ヒーリング・除霊のセッションを受けに来られた方と「心のありか」についてお話をさせていただきました。

嬉しいとか悲しいの「感情」は、思考と連動しているイメージがありますから、感情は頭から発生しているような気がしますが、

感情よりもまだ深いところにある感動や愛という心は、科学でも未だに解明されていないものです。

でも、誰かから優しさを受け取る時は胸が暖かくなって、誰かからの言葉をネガティブに受け取ってしまう時も胸が痛くなるように、

心はやはりハートチャクラに位置していると私は思っています。

仏教に「身心一如」という教えがあります。

身体と心は表裏一体であるから、お互いに作用し合っていて繋がっているから分けることはできない、という意味の言葉です。

確かに、運動をして身体を動かしている時は、心も高揚して心もポジティブな方を向きます。

身体の動きを止めて深呼吸をくり返して、自分の呼吸に集中している時は、イライラや迷いの奥にある自分の本心に近づけるようで楽な気持ちになります。

そのように、心と身体はつながっていますから、そのどちらかに影響を与えれば、もう片方にも影響を与えることができるのでしょう。

私たちの思考は、いろんな可能性と不安を探し出して、「こうすればどう?」とか「それは危ないよ」という提案をしてくれます。

だから、私たちは生きている間は、考えないでいることはできないのです。

でも、その思考のひとつ一つにこだわらずに、本当に大切なものに集中することはできます。

私たちが、どちらを選ぶかで悩んだり、ものごとの変化に苦しんだりするのは、執着をしていたり比較をしている時だからです。

神社に参拝をされた時に、神殿の奥にご神体として鏡が置かれているのを、みなさん見たことがあると思います。

「鏡」をひらがなで書くと「かがみ」です。

この中から「が(我)」を取り除けば、そこに「かみ(神)」が映るとされています。

我とは、つまり執着のこと。

それは、お仕事や人間関係や健康について、今のうまくいっている状態がこのままずっと続いてほしいと、変化を求められなくなった態度のこと。

だから、執着が外れてくると、ものごとに良い意味で妥協することを覚えます。

そして、完璧主義もおおらかになってきますから、足りない部分ばかりを見なくなる「足るを知る」ことも感じられて、心が満たされる方へ向かっていきます。

大切なことは、小さい出来事は気にしないこと。

受け流すことを覚えること。

後ろにあるものを忘れること。

そして、目の前にあるものに全力で向き合うこと。

必要のないものを見なくなった時に、また新たに大切なものを手に入れます。

禅語にある「柔軟心」という言葉のとおり、なにものにもとらわれない、とどまらない、柔軟な心を持っていたいですね。

その心が、今、あなたができることに全力を傾けさせてくれるはず。

明るく今を生きることもさせてくれるはず。

今を豊かに生きることもできるはずですから。

「レンガの壁がそこにあるのには理由がある。
 僕たちの行く手を阻むためにあるのではない。
 その壁の向こうにある“何か”を自分がどれほど真剣に望んでいるか、
 証明するチャンスを与えているのだ」
 (ランディ・パウシュ)

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